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サンドロ・キア「夢見る田園」展 アヴァンギャルドを超えて

サンドロ・キア
サンドロ・キア, 《Senza titolo (Untitled)》, 2009
Courtesy of Archivio Chia S.r.l.


美術評論家、アキレ・ボニート・オリヴァ(Achille Bonito Oliva)は、1979年に60年代後半から70年代にかけてイタリアのモダニズムの中で顕著だったコンセプチュアルであったり政治色の強かった作品を「超えた」若いイタリア人アーティストたちのグループをトランス・アヴァングアルディア(「アヴァンギャルドを超えて」の意)と呼んだ。フランチェスコ・クレメンテ(Francesco Clemente)、ミンモ・パラディーノ(Mimmo Paladino)、サンドロ・キア(Sandro Chia)らがそれにあたると言われている。彼らは、政治またはイデオロギー的なメッセージ性を芸術表現から拒絶し、印象派的もしくはロマン派的ともとれる画家の主観を絵画の全面に押し出す伝統的な技法への回帰を謳った。アヴァンギャルドの概念が押し立てる実験性や新規性は、アートの形式を「アートは常に前進しなければならない」という進化論的な枠組みに押しやった。新しさそのものを基準にして作品の良し悪しを決めるというアヴァンギャルドの手法はキャンバスとの主観的、解釈的、そして個人的な対話を排除したのである。
このような動向が1980年に開催されたヴェニス・ビエンナーレでスポットライトを浴びると、彼らは芸術を愛好する富裕層に支えられ急激にのし上がっていった。つまりアヴァンギャルドの不変の前進との決別を図ったかのように見えたトランス・アヴァングアルディアもアートのエリートを新たにかたち作り、それに属するアーティストたちも世界中で自身たちの地位を確立していったのである。しかしアートにとって有用な価値を提供するものとしての絵画的技法への回帰に注力したサンドロ・キアの作品を、当時の好況なアート界の盲目的な容認とするのは短絡的であろう。彼の作品の鍵を握るのは彼自身の作家活動に対する姿勢なのである。


サンドロ・キア  サンドロ・キア


東京イタリア文化会館で開催された彼の個展は、氏が昨年制作した新作で構成された。その巨大でアグレッシブな迫力に特徴づけられる70-80年代に描かれた作品は、90年代にはピカソを彷彿とさせるソフトなキュービズムへと変遷を遂げていった。そして2000年代になると、はっきりとした輪郭と濃密な色彩を見せたその作品もまた、シャガール的な柔らかさを持った作品へと変化していったのだ。近年の穏やかで落ち着いた作品群は、以前のものより個人的でなく、伝説的でもなく、毎日のどこか平凡な日常に焦点をあてている。鮮やかな原色は、より成熟しながらもあからさまな男性的要素を物語っている。これらの作品の中に、天使の羽、ロマネスク的顔面、キリスト像などの以前から用いられているモチーフををしばしば見つけることができる。しかし女性像の扱いには顕著な変化が見てとれる。80年代の作品は、隆々たる男性的要素がキャンバスを支配し、女性はそこから排除されていた。しかし今回の作品には女性の全身像が描かれ、時折現れる男根像は致死的なものとしても描かれている。これは女性的要素へ再び関心が注がれていることを示唆しているが、いくつかの作品に見られる女性に対しての無関心な絞殺や暴力とも解釈できる曖昧な表現の影響で、それが時にはミソジニー嫌悪感を持ったものともとれる。

彼の作品の前に立つと古典主義的、ロマン派的といった印象がまず込み上がってくる。これは作家自身の認めるところだろう。しかしこれは、アートの歴史的様式(と言っても近代芸術の実験的欲望から定義される直線状の発展という意味ではなく)から学びそれらを支持するのだけではなく、それらの様式を解釈し「代謝」する必要性を提示しているように見受けられる。イタリアとアメリカにアトリエを持つ彼は精力的に絵画制作を続けており、ほぼ毎日アトリエで作業をしているという。意外にも彼はモデルを使用したり外で絵を描いたりすることはなく、アートの歴史の様々な時代の絵画やドローイングで埋め尽くされたアトリエで絵を描くことを好む。そしてその中には巨匠たちの作品だけではなく、現代アートの作品、はたまたインターネットで見つけた画像や雑誌の切り抜き等も並べられる。このようなイメージの山を代謝して彼は「Immaginario (空想) の極めて個人的な主観に根ざした」自分自身の想像的な美的世界を構築しているのである。1

このイメージの「代謝」を通して彼はどこにたどり着くのだろうか。当初、トランス・アヴァングアルディアと言われた彼らは、コンセプチュアル・アートの「発展のための発展」に対する非難としての古典への回帰を目指したが、、30年たった今単なる保守性として解釈できてしまうのではないかという疑問が生まれてくるのは当然のことだろう。「超えて行く」という彼らの意思表示は80年代アート界におけるポストモダンへの移行、つまり社会政治を放棄し、後期資本主義の容認していく経過の象徴として見ることはできないだろうか。コンセプチュアルなアヴァンギャルドを超えて行くことを目指した彼は、自由にイメージをリミックスし (シミュラークル)、ある程度の安定した収益を期待できる環境の中で政治的には無関心に自身の主観性や個人性を提示している。つまり彼の作品を前にすると、キャンバス上で繰り広げられる画家の自己分析を楽しむのと同時に社会的に無批判なコモディティとしてのアートの前兆として認識することも可能なのである。来日した彼の息子の言葉を借りれば彼は「歴史上の巨匠から引用しながら大金を稼いでいる」アーティストなのだ。2

1 Benson, Timothy, review: The New Art of Italy, Cinncinatti. The Burlington Review, Mar. 1986
2 2009.11.24に筆者が行ったインタビューより
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